→ 人物図鑑詳細情報 植村隆、元朝日新聞記者、慰安婦問題
| 植村隆 |
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| ジャーナリスト。 1982年朝日新聞社記者、 北星学園大学の非常勤講師、韓国のカトリック大学校招聘教授、株式会社金曜日(週刊金曜日発行元)代表取締役社長。 朝日新聞記者時代に書いた韓国人元慰安婦金学順の証言に関する2件の記事(1991年〈平成3年〉8月11日と12月25日)が問題となった。 朝日新聞は第三者委員会から指摘を受け「慰安婦」と「挺身隊」を混同していたとして後日訂正した。 西岡力が週刊文春にてこの植村の記事は「捏造記事と言っても過言ではない」と主張し、植村は名誉毀損であるとして提訴したが、東京地裁と東京高裁は植村が「意図的に事実と異なる記事を書いた」と認定。最高裁が植村の上告を棄却し、植村の敗訴が確定した。 |
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| 1982 | 朝日新聞社入社。仙台支局、千葉支局に勤務し、 |
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| 1987/08 |
1987年(昭和62年)8月に韓国の延世大学に留学。 | ||
| 1988/08 |
1988年(昭和63年)8月に東京本社外報部に戻り、 | ||
| 1989/11 |
1989年(平成元年)11月から2年5か月間大阪本社社会部に勤務して民族問題や被差別部落の問題を担当。この期間に問題となった記事を書いた。 その後、東京本社外報部に戻り、 |
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| 1991 |
仙台支局時代に結婚したが離婚。 1991年(平成3年)8月11日、朝日新聞にて大阪社会部時代の植村は「思い出すと今も涙 元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀重い口開く」とのタイトルで、金学順が韓国挺身隊問題対策協議会に元慰安婦として初めて証言した録音テープを聞きその記事を書いた。金学順が日本政府を提訴後の12月25日には、本人を直接取材した記事を出した。 現在の妻は、太平洋戦争犠牲者遺族会で働いていた女性(母親は同会幹部の梁順任(ヤン・スニム、양순임))で、従軍慰安婦問題を取材するため訪韓した植村が、証言者となる慰安婦探しに難航している時に知り合い 1991年(平成3年)に結婚した。 |
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| 1993/08 |
1993年(平成5年)8月にテヘランの特派員となり、ソウル、北京特派員を歴任。ソウル特派員時代に従軍慰安婦に関する記事を19本書いた。最後は北海道支社函館支局長を務め、 | ||
| 2008/11/07 |
2008年(平成20年)11月07日、植村隆は朝日新聞で2007年(平成19年)4月から翌年3月まで連載された「新聞と戦争」取材班の一員として、第8回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞を受賞している[14][15]。 早稲田大学 =========== 2008年11月7日 早稲田大学 11月7日(金)、第8回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞贈呈式およびレセプションを開催いたしました(受賞作についてはこちら)。 (左から、朝日新聞:藤森研氏・植村隆氏、南日本放送:山縣由美子氏、白井総長、南日本放送:有山貴史氏、NHK:寺井友秀氏・鎌倉英也氏) (左から、朝日新聞:藤森研氏・植村隆氏、南日本放送:山縣由美子氏、白井総長、南日本放送:有山貴史氏、NHK:寺井友秀氏・鎌倉英也氏) 佐野眞一選考委員 贈呈式では、約130名の列席者の見守るなか、本学の白井克彦総長が表彰状、メダルおよび副賞を授与。つづく佐野眞一選考委員による講評・講演では、雑誌の廃刊・休刊が相次ぎ、軽い読み物やテレビ番組がもてはやされる時代に抗して、地道な取材、思索、構成により制作された受賞作品の質の高さ、そして制作、発表への努力を続けた受賞者をはじめとするスタッフのジャーナリスト精神に賞賛が贈られました。 レセプションの様子 また、これに応え、受賞者および取材班スタッフからは、受賞の喜びとともに、今後の活動への決意をこめた挨拶がありました。 当日は、ジャーナリズムを学ぶ本学学生も多く出席、受賞者や来賓のジャーナリズム関係者の方たちに直接質問をしたりするなどしていました。将来のジャーナリストを目指す彼らにとって、大きな刺激を受ける貴重な機会となったようです。 「個」としてのジャーナリスト なお、贈呈式に合わせ、本賞記念講座の授業内容をまとめた書籍の最新刊『「個」としてのジャーナリスト』(早稲田大学出版部)が発刊されました。 ============ |
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| 2014/03 |
2014年(平成26年)3月に朝日新聞社を早期退職した。延辺科学技術大研究員や早稲田大学現代韓国研究所客員研究員も務めた。 2014年(平成26年)3月、朝日新聞を早期退職。同年4月より神戸松蔭女子学院大学教授に就任予定[16] であったが、当大学は就任前に雇用契約を解消した[17]。 2014年(平成26年)から北星学園大学で非常勤講師として国際交流科目の講義を担当し[18]、主に韓国からの留学生を対象に韓国語で講義を行っている[19]。 |
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| 2015/01/09 |
2015年1月9日には東京・有楽町の外国特派員協会で記者会見を開き、自分が捏造記者ではないと主張した。 弁護士ドットコムニュース ============= 「私は捏造記者ではない」慰安婦報道の植村隆・元朝日新聞記者の会見スピーチ(全文) 2015年01月09日 16時33分 慰安婦問題の記事を書いた元朝日新聞記者の植村隆氏が1月9日、東京・有楽町の外国特派員協会で記者会見を開き、週刊誌記事などで「捏造」と批判されていることについて、「私は捏造記者ではない。不当なバッシングに屈するわけにはいかない」と主張した。植村氏はこの日、「捏造記者」と報じた文藝春秋と西岡力・東京基督教大学教授に損害賠償を求める訴えを起こした。 植村氏は朝日新聞記者時代の1991年8月、元慰安婦だと初めて名乗り出た韓国人女性が証言しているテープをもとに、記事を書いた。朝日新聞社が昨年8月に虚偽であると判断した故・吉田清治氏の「慰安婦狩り」証言の報道とともに、慰安婦問題が大きくクローズアップされるきっかけとなった。 植村氏は2014年に朝日新聞社を退職し、現在は北星学園大学(札幌市)で非常勤講師を勤めているが、大学に対して、植村氏の退職を求める脅迫状が届き、大きな問題になった。植村氏の記事をめぐっては、昨年8月の朝日新聞社の検証で、「記事に事実のねじ曲げない」としながらも、「女子挺身隊=慰安婦」という表現は誤っていたと認めている。 以下、植村氏が外国人記者に向けて語ったスピーチの全文を紹介する。 ●冒頭スピーチ全文 みなさま、お忙しいところ、私の記者会見に来ていただきまして、ありがとうございます。パリの新聞社襲撃事件で多数の記者たちが亡くなったことに、本当にショックを受けています。1987年5月には私の同期の小尻知博記者が支局を襲撃されて殺される事件がありました。同じジャーナリストとして、こうした暴力には絶対に屈してはいけないと改めて思いました。 私が非常勤講師として勤めている北星学園大学にも昨日また、脅迫状が送られてきました。匿名性に隠れた卑劣な脅迫行為は、絶対に許すことができないと思います。なぜ、北星学園大学に脅迫状がくるかというと、私がそこに勤務しているからであります。去年、週刊文春の記事で、私が「捏造記者だ」というレッテル貼りをされました。それで、まったく私の記事とは関係ない大学にまで、こうした脅迫行為がおこなわれています。 私は訴訟準備のために東京にいて、大学には行っていなかったのですが、私のために大学が脅迫にさらされることに心が痛みます。本日、週刊文春を発行する文藝春秋および、その週刊誌にコメントを発表した東京基督教大学の西岡力氏の両名を名誉毀損の被告として、裁判を起こしました。私は私の人権、私の家族の人権、家族の友人の人権、勤務先の北星学園大学の安全を守るために、この訴訟を起こしました。 私は24年前の大阪社会部時代に、慰安婦と名乗りでた韓国のおばあさんのつらい体験の記事を署名入りで2本書きました。この記事が原因で、23年間ずっとバッシングを受けています。この記事で私が存在を報じたのは金学順さんという人で、韓国でカミングアウトした第1号の慰安婦です。彼女の勇気のある証言で、慰安婦の生の証言が世界に伝わって、たくさんの被害者が名乗り出るようなりました。そういう意味では、慰安婦問題が世界に知られるようになった証言者第1号のおばあさんでした。 1年前の週刊文春(2月6日号)の記事に、1991年8月の記事が批判的に紹介されました。この見出しを見ていただければわかりますが、「慰安婦捏造 朝日新聞記者がお嬢様女子大学の教授に」とあります。 西岡氏はこの週刊誌のコメントで、私の記事に対して、「強制連行があったかのように記事を書いており、捏造記事と言っても過言ではない」とコメントしています。 (私の記事では)本文2段落目に、「女性の話によると、中国東北部で生まれ、17歳のときにだまされて慰安婦にされた」と書いてます。そこには触れないで、(西岡氏は)「強制連行があったかのように書いており、捏造」としています。これはフェアではないと思います。 私の記事はリードで「女子挺身隊」という言葉を使いました。当時、韓国では慰安婦のことを女子挺身隊、あるいは挺身隊という言葉で表現していました。しかし、西岡氏は1992年4月の文藝春秋で、「重大な事実誤認」と批判していました。その当時、西岡氏は、「朝日に限らず日本のどの新聞も、金さんが連行されたプロセスを詳しく報じず、大多数の日本人は、当時の日本当局が権力を使って金さんを慰安婦としてしまったと受け止めてしまった」と書いています。 しかし、その後は、私だけを狙い撃ちにして批判しています。98年頃から、批判が「捏造」という言葉に変わりました。同じ1991年の記事に対して、評価を変えてしまっているのです。フレームアップだと思います。結局、その流れで、去年の2月の週刊文春の記事は私を「捏造記者」とレッテル貼りしました。これはフレームアップの延長線上だと思います。 この記事が原因で、私の転職先の神戸の女子大学にいやがらせのメール、電話が多数殺到しました。そして私がいま勤務している北星学園大学にはさらに多くの抗議のメールや電話がくるようになりました。抗議電話の一部は、インターネット上に公開されて、さらに憎悪が煽られています。 標的は大学だけではありません。私の家族、娘にまで及びました。娘の写真がインターネット上にさらされ、誹謗中傷が書き連ねられています。たとえば、「こいつの父親のせいで、どれだけの日本人が苦労したことか。おやじが超絶反日活動で、贅沢三昧に育ったのだろう。自殺するまで追い込むしかない」。私のパートナーは韓国人です。つまり、私の娘は父親が日本人で、母親が韓国人なのです。娘に対してヘイトスピーチのような、コリアンを差別するようなコメントも書かれています。 週刊文春の「捏造」というレッテル貼り、そして西岡氏の言説が、結果的にこうした状況を引き起こしたのだと思います。私は言論の場でも手記を発表して反論しています。それだけではなく、法廷でも捏造記者ではないことを認めていただこうと思っています。 私は「捏造記者」ではありません。不当なバッシングに屈するわけにはいかないのです。 会見動画はこちら。 https://www.youtube.com/watch?v=fPpV-oxDLsU =========== ============ 【全編動画】「私は捏造記者ではない」慰安婦報道の元朝日・植村記者が会見 2015.1.9 弁護士ドットコムニュース 2015/01/09 元朝日新聞記者で、約25年前に従軍慰安婦の証言を初めて記事にした植村隆氏が、東京・有楽町の外国特派員協会で記者会見を開きました。 植村氏はこの日、「捏造記者と報じたのは名誉毀損だ」として、文藝春秋などを提訴。会見でも「私は捏造記者ではない」と明言しました。 弁護士ドットコムニュースでは、植村氏の冒頭スピーチと質疑応答、同席した神原元弁護士の補足解説といった会見の模様を、全編にわたって「動画」で紹介します。 外国特派員協会の記者会見は通常、海外メディア向けに英語の通訳が入りますが、ここでは英語部分をカットし、日本語部分だけに編集して、聞きやすくしました。 (参考記事) 「私は捏造記者ではない」慰安婦報道の植村隆・元朝日新聞記者の会見スピーチ(全文) http://www.bengo4.com/topics/2536/ (弁護士ドットコムニュース) フェイスブック: / bengo4news ツイッター: / bengo4topics ======== |
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| 2015/01/10 |
WIKIPEDIA 植村隆 ================ 2015年(平成27年)1月、西岡力と文藝春秋社を相手取り、東京地裁に誹謗中傷に対する損害賠償請求訴訟を、同年2月に櫻井よしことワック、新潮社及びダイヤモンド社を相手取り、札幌地裁に名誉毀損に対する損害賠償請求訴訟を提起した[94][95][96]。2015年1月10日、植村は自身が関わった記事を「捏造」と決めつけたとし週刊文春の発行元である文藝春秋社と記事を執筆した西岡力(東京基督教大学教授)に対し1650万円の損害賠償などを求める訴えを東京地裁に起こし、司法記者クラブ 東京都内で記者会見した[97]。植村は、23年前に自分が書いた2本の記事が「捏造」と批判され続け、その結果、家族や周辺まで攻撃が及ぶとし「私の人権、家族の人権、勤務先の安全を守る」と訴えた[95]。 本訴訟に際し、植村側は170人に及ぶ大弁護団(弁護団長中山武敏、副団長小林節、海渡雄一、事務局長神原元ら)を結成した[98]。弁護団は「インターネット上で植村氏や家族を脅迫する書き込みをした人たちも捜し出し、一人残らず提訴していく」と発表したという[99]。また、崔善愛や香山リカたちも「植村裁判を支える市民の会」を結成し、植村の支援を行った[100]。 裁判で被告である西岡力と文藝春秋社側は、「捏造」と書いたことについてそれを「事実である」と主張せず、「意見ないしは論評である」と答弁書で主張した[101]。原告側弁護士の神原元は、「「捏造だ」は「事実の摘示」ではなく意見ないしは論評である」という第2回口頭弁論の被告側の答弁は、「捏造論が事実でないと認めた」に等しく、真実性を主張できない以上、「植村はすでに勝利したに等しい」と主張している[101]。 ============== |
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| 2015/04/27(月) 15時開始 東京地裁103号法廷 原告 : 植村隆植村隆さん(元朝日新聞記者))、被告 : 西岡力・東京基督教大学教授と株式会社文藝春秋を相手取った名誉棄損裁判 第1回口頭弁論 2015/04/27(月) 17時~20時 参議院議員会館講堂 1 弁護団から第1回口頭弁論の報告 2 植村隆さんのあいさつ 3 山口二郎・法政大学教授の講演 4 弁護団の小林節・慶応大学名誉教授の発言 植村応援隊 ============== 2015年4月13日月曜日 4/27 東京訴訟 第1回口頭弁論の傍聴へお運びください! *いつも応援してくださりありがとうございます。 東京訴訟第1回口頭弁論が4月 27日に開かれます。 ぜひ、傍聴をお願いします。 なお、傍聴券が発行され抽選が行われることが予想されます。 大きな会場のため、場合によっては開始30分前に抽選となることもあるようです。 お早目のご来場をお願いします。 ■4月27日(月) 15時開始 ■東京地裁103号法廷 http://www.courts.go.jp/tokyo/about/syozai/tokyotisai/index.html *口頭弁論終了後、報告集会を開催します。 傍聴の後は、ぜひこの集会へもご参加ください。 ■4月27日(月) 17時~20時 ■参議院議員会館講堂 http://bb-building.net/tokyo/deta/457.html 1 弁護団から第1回口頭弁論の報告 2 植村隆さんのあいさつ 3 山口二郎・法政大学教授の講演 4 弁護団の小林節・慶応大学名誉教授の発言 ★4月17日に予定されていた札幌訴訟は延期となり、次回日程はまだ決まっておりません。 =============== =============== 植村応援隊 2015年4月29日 · 東京地裁へ向かう原告・植村隆さんと神原弁護士。 I氏による裁判傍聴記録をウェブサイトへ掲載しました。 http://uemura-supporters.blogspot.jp/ =========== 植村応援隊 ========= 2015年4月29日水曜日 東京訴訟第一回口頭弁論・傍聴記 (略) 原告席の前面中央では植村隆氏が正面の被告席を見据える。そのかたわらに弁護団長の中山武敏弁護士、さらに原告代理人の神原元弁護士が最も裁判官席の近くに座った。3人の横と後ろには、総勢170人から成る大弁護団から20人近い弁護士が陣取った。 埋まらないのは、被告席だ。カラである。開廷しても、誰一人、出廷しなかった。 ========= |
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| 2015/11/26 |
2015年(平成27年)11月26日、植村隆と田村信一北星学園大学長が記者会見を開き、植村隆が2016年3月から、北星学園大が留学生の交換などで提携している韓国のカトリック大学の客員教授に就任し、日本語を学ぶ学生らに日韓交流の歴史について教えることになった、と発表した[20]。 |
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| 岩波書店 ============= 真実 私は「捏造記者」ではない ヘイト・スピーチに抵抗する元記者の闘いのうねりは,職場の大学,司法,活字メディアと広がっている. 真実 試し読み 著者 植村 隆 著 ジャンル 書籍 > 単行本 > 社会 刊行日 2016/02/26 ISBN 9784000610940 Cコード 0036 体裁 四六 ・ 並製 ・ 242頁 定価 1,980円 在庫 在庫あり この本の内容 著者略歴 1991年に元慰安婦について書いた1本の記事が,23年後に元記者の人生を狂わせた.活字メディア・電話・ネットなどでの抗議・嫌がらせ・脅迫は家族・職場の大学にまで及び,元記者は闘うことを決意した.そしていまや司法,活字メディアへと抵抗のうねりは広がっている.元記者の名誉回復だけでなく,日本の民主主義の再生を求めて. ■編集部からのメッセージ 出版人として,だまってはいられない 2014年8月5・6日,朝日新聞が「慰安婦問題を考える」と題した検証記事を2日間に渉って大きく掲載した.そこに朝日新聞社側の関係者として唯一実名で登場したのが,23年前の91年8月11日に掲載された「元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀重い口開く」との記事が「捏造」だとの批判にさらされた,元朝日新聞記者の植村隆氏だった.その名前にうっすら記憶があった.「え? あの植村さん??」.まさかと思い携帯に電話すると,他でもない旧知の植村さん本人であった. 「話を聞きたい」 「ぜひ話を聞いてほしい」 ということで,記事の出た直後,札幌からでてきた本人と会った.スーツケースからたくさんの資料を取りだし,彼は一部始終を話してくれた.就職が決まっていた大学は週刊誌のゴシップ記事で退職に追い込まれ,非常勤先の大学には罵詈雑言のメールが送られ,大学の経営や家族の生活を脅かされている友人の実情に身につまされた.さらに,右派雑誌・新聞からの批判記事や中傷まがいの記事を見ているうちに,人ごととは思えなくなってきた. 植村さんは,ペンの暴力にはペンで戦うことと同時に,司法の場でも身の潔白を証明し名誉を回復するために訴訟を決意したという.なぜ司法の場で,との問いに対しては,弁護士の中山武敏氏と憲法学者の小林節氏との出逢いがあったことが打ち明けられた.両氏には不当なバッシングに民主主義の力で抗して,正義を回復していくことへの彼らなりの決意があった.メディアという職域の一隅にいるわれも,ひとりの出版人として公務を尽くしたい. なぜ朝日を辞めたのか,巨大な組織ジャーナリズムにどうやって言論戦を挑むのか,これからどういう職業人として生きていくのか,など,植村さんの思いを確かめたいことは多い.本書のなかでそれらの真実が書きつづられていくことになるだろう. 著者略歴 植村 隆(うえむら たかし) 1958年,高知県生まれ.早稲田大学政経学部政治学科卒.1982年朝日新聞入社.仙台,千葉支局,大阪社会部などを経て,テヘラン支局長,ソウル支局,北海道支社報道部次長,東京本社外報部次長,中国総局(北京)を経て,2009年4月から北海道支社報道センター記者,2013年4月から函館支局長.2014年3月早期退職.2010年4月早稲田大学大学院アジア太平洋研究科(博士後期課程)入学.2012年4月より16年3月末まで北星学園大学非常勤講師.2016年3月より韓国のカトリック大学校客員教授. 著書に『ソウルの風の中で』(社会思想社),共著に『マンガ韓国現代史 コバウおじさんの50年』(角川ソフィア文庫),『新聞と戦争』(朝日新聞出版)など. ================ |
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2016/03/01 植村隆が朝日新聞記者時代に慰安婦問題の報道で捏造だと非難抗議が殺到して。その後、北海道の北星学園大学に非常勤講師へと転職したら、慰安婦問題で抗議殺到で大騒動になっていた。その時代のことね。 05:41 =========== 藤井 幸之助 2016年3月6日 · 1週間前の3月1日(火)午後に、河合塾上本町校で、講師たちが続ける「日韓研」の招きで、植村隆さんの講演会があった。お話をうかがう。 日本軍「慰安婦」問題をひとり隆さんの“責任”にしてしまう日本のメディアのおぞましさに身が震える。日本政府の問題でもあるが、今を生きる日本人一人ひとりの課題でもあることは言うまでもない。 お話の最後を北天の中心でじっとしている北極星になぞらえて、こんな風になりたいとしめくくられた。 終了後、近くの「猪飼野セッパラム文庫」にも寄っていただく。韓国カトリック大学校(京畿道富川市/부천시/プチョンシ)の学生にも「大阪に行ったら、ここに寄るように」と紹介してくださるとのこと。この2日後、隆さんは1年間の任期で客員教授として赴任された。 =========== 05:41 ================ 藤井 幸之助 2016年3月7日 · 左から長谷川綾さん(北海道新聞)、隆さん、こうのすけ、文聖姫(문성희/ムンソンヒ)さん(東京大学大学院)。撮影:朴勝憲(박승헌/パクスンホン)さん(河合塾) =============== 6枚目 長谷川綾(北海道新聞) 植村隆(元朝日新聞記者、北星学園大学非常勤講師、慰安婦問題で抗議殺到)、 藤井 幸之助、 文聖姫(문성희/ムン・ソンヒ)(東京大学大学院)。 |
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| 2018/05/14 |
2018年5月14日、韓国で日本軍従軍慰安婦問題を提起したことを評価され、第24回キム・ヨングン民族教育賞[要曖昧さ回避]を受賞。[21] |
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| 2018/09/26 |
2018年9月26日、株式会社金曜日(週刊金曜日発行元)代表取締役社長に就任。 |
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| 2018/11/09 |
WIKIPEDIA 植村隆 ================ 2018年11月9日札幌地裁(岡山忠広裁判長)は、従軍慰安婦報道の記事を「捏造」と報じられ名誉を傷つけられたとして、ジャーナリストの桜井よしこや出版3社に損害賠償などを求めた訴訟で植村の請求を棄却した[102]。 植村は、大学就職の内定を取り消さざるを得なくなったことや勤務していた大学や家族が脅迫された原因は、櫻井の記事によって名誉を棄損されたことにあるとして損害賠償を求めていた。岡山裁判長は櫻井の記述は植村の社会的評価を低下させたと認定したが、事実と異なると信じる相当の理由があり、記事を書いた目的にも公益性を認め、植村の請求を棄却した。櫻井は「ジャーナリスト個人に対する提訴の乱用は表現の自由を侵す」「言論の場で意見を戦わせるべき」とコメントした[103] [104]。 ================ |
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| 2019/04/20 |
慰安婦問題を扱ったドキュメンタリー映画、ミキ・デザキ監督『主戦場』に出演した。 ======== 出演 クレジット順 トニー・マラーノ(a.k.a テキサス親父) 藤木俊一(テキサス親父のマネージャー) 山本優美子(なでしこアクション) 杉田水脈(衆議院議員(自由民主党)) 藤岡信勝(新しい歴史教科書をつくる会) ケント・ギルバート(カリフォルニア州の弁護士、日本のテレビタレント) 櫻井よしこ(ジャーナリスト) 吉見義明(歴史学者) 戸塚悦朗(弁護士) ユン・ミヒャン(韓国挺身隊問題対策協議会) イン・ミョンオク(ナヌムの家の看護師、元慰安婦の娘) パク・ユハ(日本文学者) フランク・クィンテロ(元グレンデール市長) 林博史(歴史学者) 渡辺美奈(アクティブ・ミュージアム女たちの戦争と平和資料館) エリック・マー(元サンフランシスコ市議) 中野晃一(政治学者) イ・ナヨン(社会学者) フィリス・キム(カリフォルニア州コリアン米国人会議) キム・チャンロク(法学者) 阿部浩己(国際法学者) 俵義文(子どもと教科書全国ネット21) 植村隆(元朝日新聞記者) 中原道子(「戦争と女性への暴力」リサーチ・アクション・センター) 小林節(憲法学者) 松本栄好(元日本軍兵士) 加瀬英明(日本会議) ========== 日本では、2019年4月20日に一般公開。 |
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| 2019/12/04 |
2019年12月4日、第7回李泳禧賞を受賞した。 聯合ニュース ============ 慰安婦証言を最初に報じた元朝日新聞記者 韓国でジャーナリズム賞受賞 記事一覧 2019.11.18 19:00 SHARE LIKE SAVE PRINT FONT SIZE 【ソウル聯合ニュース】韓国・李泳禧(リ・ヨンヒ)財団の李泳禧賞審査委員会は18日、今年の第7回李泳禧賞受賞者に元朝日新聞記者で、韓国・カトリック大兼任教授の植村隆氏が選ばれたと発表した。 植村隆氏(李泳禧財団提供)=(聯合ニュース)≪転載・転用禁止≫ 植村隆氏(李泳禧財団提供)=(聯合ニュース)≪転載・転用禁止≫ 同賞は真実の追求に努めたメディア関係者などに授与されるもので、植村氏は旧日本軍の慰安婦被害者である金学順(キム・ハクスン)さん(1997年死去)の証言を確保し、91年8月11日付の朝日新聞で記事にした。 この記事の3日後に金さんの記者会見が行われ、慰安婦問題に対する日本政府の謝罪と賠償を要求する国内外の運動につながった。 これに対し日本の右翼勢力は植村氏の転職を妨害するなど、植村氏とその家族に圧力を加えた。 植村氏は著書「真実 私は『捏造記者』ではない」を発表し、日本の右翼勢力からの非難や脅迫に反論したほか、自身を誹謗(ひぼう)中傷したメディアなどを相手取り訴訟を行っている。 審査委員会は「歴史修正主義を掲げた安倍政権が慰安婦問題や強制労働問題などの歴史に対する一切の反省を拒否し、韓日間のあつれきを引き起こす今、植村記者に声援を送るのは李泳禧先生が生涯を捧げて追求してきた北東アジアの平和のための道」と説明した。 植村氏は受賞について、負けずに頑張れという韓国ジャーナリズム界からの激励と考えるとし、この受賞を機に韓国と日本のリベラル勢力の交流が一層深くなることを願うと話した。 授賞式は来月4日午後に韓国プレスセンター(ソウル市中区)で、李泳禧氏の死去9年の追悼行事とともに開かれる。受賞者には賞牌(しょうはい)と賞金1000万ウォン(約93万円)が贈られる。 yugiri@yna.co.kr ========== |
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| 2020/02/06 |
2020年2月06日、札幌高裁は、植村の訴えを退けた札幌地裁1審判決を支持し請求を棄却、植村側の敗訴となった。[107] |
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| 2020/03/03 |
2020年3月03日、東京高裁も1審判決を支持し請求を棄却、植村側の敗訴となった。[108] 弁護士ドットコムによると、地裁に続いて西岡の真実性・真実相当性を認め植村の請求を棄却した。高裁の判決に関して植村は不服として上告するとし西岡は公正な判断と評価した。植村弁護団は、東京高裁(白石史子裁判長)が、植村が金学順のキーセンに身売りされたという経歴を知っていたのにあえて記事にしなかったとは認められない、義母の裁判を有利にするため意図的に事実と異なる記事を書いたとは認められないと地裁判決から変更したことは評価している、としている[109]。これに対して西岡力が会長を務める歴史認識問題研究会は、この2点は地裁判決で既に「真実相当性」が認められたもので、地裁判決から何ら変化がないにもかかわらず、判決内容を曲解させる表現をするのは問題があると非難している[110]。 |
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| 2020/11/18 |
2020年11月18日、最高裁第2小法廷は、櫻井よし子に対する訴訟について、植村側の上告を受理しない決定を行い、請求を棄却した1、2審判決が確定した。[111][112]。 |
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| 2020/03/11 |
2021年3月11日、最高裁第1小法廷は、西岡力に対する訴訟について、植村側の上告を受理しない決定をした。[9]。これにより植村による訴訟は最高裁まで全て敗訴が確定した。 |
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| 2021/03/12 |
2021/03/11(木) 原告 : 植村隆(元『朝日新聞』記者で、現在は『週刊金曜日』発行人) 被告 : 文藝春秋社と研究者の西岡力氏 名誉棄損の損害賠償請求は、2021/03/11付けで送付された最高裁決定で、原告側の訴えは最高裁に退けられた。 2021/03/12(金)、午後 東京・霞が関の司法記者クラブで緊急の記者会 原告の植村隆(元『朝日新聞』記者で、現在は『週刊金曜日』発行人) 弁護団 : 穂積剛弁護士、神原元弁護士 支援者ら : 支援団体の日本ジャーナリスト会議・須貝道雄事務局長と、メディア総合研究所事務局長の岩崎貞明 週刊金曜日 ================= 「慰安婦」記事裁判、東京訴訟も植村隆氏の敗訴確定 岩崎貞明|2021年3月29日12:50PM 元「慰安婦」証言記事は「捏造」ではない――元『朝日新聞』記者の植村隆氏(『週刊金曜日』発行人)が文藝春秋社と研究者の西岡力氏らを名誉毀損で訴えた裁判は、東京地裁提訴から6年を経て、最高裁に退けられた。内容に立ち入らず上告を退けたものだった。 3月11日付で送付された最高裁決定を受けて、原告の植村氏と弁護団、支援者らは12日午後、東京・霞が関の司法記者クラブで緊急の記者会見を行なった。 地裁・高裁判決では、西岡氏が「捏造」と断じた三つの根拠のうち一つは「真実性」を認めたが、義母の裁判を有利にするために事実と異なる記事を書いた点などについては「真実と認めるのは困難」と認定。ただ、真実と信じても仕方がなかったという「真実相当性」を認めて免責していた。 弁護団の穂積剛弁護士は「真実相当性を認めるためには『確実な資料、根拠に照らして』という厳しい条件があったが、今回の最高裁は自らその原則を見過ごした。不当、不適切きわまりない、異常な判決」と強く批判。神原元弁護士は、西岡氏らの指摘を東京高裁が「事実と認められない」と判断したことについて「歴史修正主義的な言説は真実に反するという認定を司法で勝ち取った」と裁判闘争の成果を強調した。 植村氏は「本人が証言していないことを書かなかったことが、なぜ『捏造』と言われるのか」と首を捻りながら〈今回の裁判結果にひるむことなく、故金学順さんら戦時の性暴力被害者たちの名誉や尊厳を守るため、「アベ友」らによるフェイク情報の追及を続けていきたい〉との声明を読み上げた。 記者会見には支援団体の日本ジャーナリスト会議・須貝道雄事務局長と、メディア総合研究所事務局長の岩崎(筆者)も同席し、植村氏の裁判が日本のメディア・ジャーナリズム上の重要な問題であることを訴えた。 (岩崎貞明・メディア総合研究所、2021年3月19日号) ================ |
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| 2022/02/12 |
映画・COM ================ 標的 劇場公開日:2022年2月12日 解説 捏造記事を書いたとして激しいバッシングにさらされた元朝日新聞記者・植村隆氏が、汚名をそそぐべく闘う姿を記録したドキュメンタリー。1991年8月、朝日新聞大阪社会部記者の植村氏は、元慰安婦だった韓国人女性の証言を伝えるスクープ記事を書いた。その報道から23年後の2014年、記事の内容をめぐって植村氏を「捏造記者」とするバッシングが始まる。植村氏が教職に就くことが内定していた大学や植村氏の家族までもが脅迫される中、大勢の市民や弁護士、マスコミ関係者が支援に立ち上がる。元RKB毎日放送のディレクターとして戦争や人権をテーマにした番組を数多く制作してきた西嶋真司監督が、バッシングに真正面から立ち向かう植村氏の姿を追い、民主主義の根幹を揺るがすジャーナリズムの危機に迫る。 2021年製作/99分/G/日本 配給:グループ現代 劇場公開日:2022年2月12日 監督 西嶋真司 プロデューサー 川井田博幸 撮影 油谷良清 西嶋真司 音楽 竹口美紀 演奏 Viento 歌 川原一紗 監修 佐藤和雄 法律監修 神原元 小野寺信勝 出演 植村隆 =================== |
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21:21 ================ 仁藤 夢乃 2023年6月27日 · 週刊金曜日の社長の植村隆さんと編集長の文聖姫さんがいらっしゃり、Colabo攻撃に加担する雑誌の広告が掲載されたことについて謝罪していただきました。 6/30発売号で謝罪文も掲載されるとのこと。女性支援に対する攻撃についても今後も共に見つめてくださるとのこと。誠意ある対応で、差別や暴力に反対し人権を尊重する姿勢を確認させていただき安心しました。 ================ 週刊金曜日の社長の植村隆(うえむら たかし) 週刊金曜日の編集長の文聖姫(ムン・ソンヒ) 21:24
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22:14 ============ 岩下 結 2023年6月27日 · そもそも民族差別の文脈でも女性差別の文脈でも有害な振る舞いしかしてない鹿砦社にいつまでも広告出させてること自体が疑問でした。 「多様性」や「タブーなき言論」を言い訳に金曜日も思考停止していたのでは(そうでなければ版下見た時点で気づくはず)。これを機に縁を切ったらいいと思います。 FACEBOOK 仁藤夢乃 =========== |
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